食卓の用意をするのは、 ナイフやフォークを置くだけの作業ではない。 料理と会話の場を作ることであり、どんな料理が出て、 どんな話が出たかが忘れられた後も、長く残る雰囲気や余韻の場を作ることなのだ。―ペリ・ウルフマン―
「美食」は、服やモノの贅沢と並んで、庶民にとっては最も贅沢な愉しみのように思える。しかし、服やモノは一度買えば何度も利用できるのに対し、一晩のワインを楽しみながらの高価な食事というものは、数時間もすれば完全に体内から消え去ってしまう。そういう意味では、何よりも贅沢な行為と言えるのではないだろうか。その一方で、舌先に残る味覚の余韻や、食事中の親しい者との語らいは、心の中に深く残り、これこそが至福の時と思える瞬間である。こういった時間は、凡そ金で買えるものではない。また、ファーストフードや単に空腹を満たすだけの食事で得られるものでもない。 今回の吉兆によるバーベキューは、"高価なワインと食事"による「美食」とはいえないが、たった今収穫した美味しくて身体にも環境にも優しい野菜ーー自らの手で、自らの肉体を使い、汗をかきながら収穫した野菜を食べる喜びは格別だろうーーを、"日本料理と言えば"という代名詞が付くほどの吉兆が料理した。これも、一つの贅沢な行為と言えるのではないだろうか。