徳岡氏と長澤氏二人の出会いは、偶然ではなく、出会うべくして出会った運命なのかもしれない 吉兆という名の下に歴史と現代の融合を試み、斬新且つ、奇抜なアイデアの持ち主、徳岡氏 周りに左右されず、己を信じ、己の剣のみで道を切り拓いてきた長澤氏 そんな二人が、まるで運命に導かれるようにお互いが持っていないものを補うかのように出会った。
ところで、徳岡氏が長澤氏の名前を知ることになったきっかけとは、大袈裟かもしれないが、味、お客様の満足度向上に対する行き詰まりを感じた時だったという。 徳岡氏:「その当時、料理法を研究したり、仕入方法を見直したりと、考えられるあらゆる点を見直してみたものの、思うような料理を作ることができませんでした。そして、行き着いた先が、生産者だったのです」 京都では、「京野菜」というブランドがつけば、無農薬でなくとも、そのブランド・イメージの力により、高額での販売が可能となる。しかし、色々な意見はあるにせよ、農薬は、少なくとも昆虫や雑草の生命を絶つ薬である。薄めて使用頻度を減らしても農薬を噴霧すると たちどころに カエルやミミズ、益虫が死ぬ。虫も命ある生き物である。生命を簡単に絶つ薬が良い筈がない。今、害が見えなくとも次世代には色々な形で影響を及ぼすことになるのは必然である。 そこで、市役所に有機栽培農家の情報を教えてもらうことになるのだが、その中に長澤農園の名もあったのだという。 徳岡氏:「生産者の実体を知り愕然としました。 ただその中にも懸命に努力されている姿を見つけました」 それが、今の長澤農園であり、長澤氏である。そして、徳岡氏は長澤氏の元へ足を運び、二人は運命的な出会いを果たした。
徳岡氏:「無農薬と書けば売れることから、味は二の次、三の次で、美味しく無い野菜を作る方がいます。それ以上努力しないのです。美味しく、奇麗で、純粋で、バランスが取れている物、それこそが食べ物と言えるのではないでしょうか」 長澤氏は、正にこの徳岡氏が望む、"美味しく、綺麗で、純粋で、バランスの取れている、そして無農薬の野菜"を作る人だったのである。 こうして、長澤氏は、毎日吉兆が納得する野菜を届けることを誇りとし、昨年より今年、今年より来年と、少しずつでも美味しく、綺麗な、そして、吉兆と競演できる野菜を作り続けているのである。長澤氏がこのことを話すときの表情は、穏やかではあるが、その目は遠くを見据え、大いなる自信と誇りに満ちており、徳岡氏が長澤氏について語るとき、その言葉の節々から、畏敬と尊敬の念に満ち溢れていることを感じさせてくれる。 偶然でも必然でもなく、会うべき『時』だったのだろう。バッタリと道ばたで古い友人に会うように、偶々そこにいたから会ったというように。 一目会ったその日からとは良くいったもので、彼らは一目会っただけで知り合いになり、友になったのだ。 そして、吉兆が世界中の人に与える感動は、紛れも無く、出会うべくして出会った両雄の真摯な競演に他ならない。
徳岡氏:「料理を支えているのは、美味しくて健康な食材を作る生産者がいてこそです。現在の日本において、誠実な農業を取り巻く状況はたやすく有りません。生産者たちの情熱を、料理を通じて声高く代弁していくことが、料理の進化への第一歩であり、料理人としての責務であると考えています。 また、良い食材を突き詰め探していくと、どうしても高価な物になってしまいます。スローフードと言うのは、本質的に貧しいという事ではないと思います。価値の分かる方々が、時間や物を本当の意味で豊かに使う事だと思います」 更に、「経済が破綻しても人は何とか生きていける。しかし、食や自然環境が破綻すれば命の継続はない。優先順位が違うように思う。大切な食の源である自然環境保全の問題や一次産業に対する低意識化の問題等、次世代の為に徐々にでも健全化して欲しい」とも言う。 料理人であるが故に、食を通じてこの問題の解決方法について意見交換ができ、少しずつでも改善していくこと、そしてその機会を提供することが、使命、義務だとも思っていると、徳岡氏は語る。